[3]ハリネズミ・針鼠・波利禰豆美
■「くさふ」って何だ? ■
− ハリネズミの和名 −
『訓蒙図彙』は、江戸初期に編まれた、絵入り百科辞典のような書物である。本邦には棲息しない動物も、可能な限り網羅されており、当然そのような動物の挿し絵には珍妙なものが多いが、現在の気まぐれな読者には、そこがかえって愉しい。
古くから皮が薬剤として輸入されていた「蝟鼠(いそ)」も、おそらくは想像だけで描かれたのであろう異国の動物の一つである。太ったドブネズミの体表にハリを植えたが如き絵姿。面白いことに、しっぽはネズミ類のような長尾ではなく、正しく短尾で描かれている。
この動物に付されている和名は、「はりねずみ」ではなく、「くさふ」となっている。
『訓蒙図彙』中の「蝟鼠/くさふ」 |
他の古典資料では、この動物は何と呼ばれているのだろう。まず、寺島良安の『和漢三才図会』(1712)での和名は、「けはりねずみ」となっている。一方、小野蘭山の『本草綱目啓蒙』(1803)では、『和名鈔』(源順の『和名類聚鈔』のこと。930年代)を出典として「クサフ」という名を示した後、出典抜きで「ハリネズミ」の名も挙げている。
『古事類苑』(1914)では、『本草和名』(918)から「久佐布(くさふ)」、『倭名類聚抄』(=上記『和名鈔』)から同じく「久佐布」を引いた上で、『和名鈔』の注釈書である『箋注倭名類聚抄』(1827成,1883刊)から、今俗の呼び名として「波利禰豆美(はりねずみ)」を引き、また、『箋注』からの孫引きで、『新撰字鏡』(900年ごろ)の「伊良虫(いらむし)」なる訓も示している。
この最後の「いらむし」についてまず見ておくと、「いら」とは古語で(草木の)トゲ、ハリのことを指す。「イラクサ」のイラがこれであり、「刺」の字を当てる(つまり、「いらいらする」「いらだつ」とは、トゲトゲチクチクするということになる)。「イラムシ」と言えば、現在は通常、イラガの幼虫の毒刺をもつケムシを指すが、当時の語感では、単に「トゲムシ」とか「トゲトゲムシ」という感じだったのだろう。
ハリネズミを「ムシ」としたのは「蝟」の字の虫へんに引きずられてのことだろうが、『新撰字鏡』では、この肝腎の漢名を、虫へんに里と誤写しているらしい。
この名前が単に漢字の読みとして当てられたのか、あるいはすでにハリネズミの皮が輸入されていてその動物を呼ぶ名としての造語だったのかはわからないが、これが獣の名前であるということ自体、わかっていたのかどうか、少々あやしい。
いずれにせよ、この「いらむし」という名前は、この動物の和名のうち最古のものと見なすことはできるだろう。
次に、問題の「くさふ」だが、『新編大言海』ではこの和名について、「草生 クサフ の義にて、全身に叢生する刺 ハリ の象を云ふ名か」と記している。私見だが、当初は動物そのものではなく、輸入されていた皮のことを指す語だったのではないだろうか。草生の「フ」は「芝生」のフと同じ用法である。
小学館の『日本語大辞典』では、このハリネズミの古名の「フ」を濁らせて「くさぶ」と読んでいる。「草が生えているところ」の義の「草生」は「くさふ」と読んで別項として立てているが,ハリネズミの名前は「くさぶ」なのである。『言海』(大槻文彦編)でも「くさぶ」となっているので(いぬかわが確認したのはちくま学芸文庫版),おそらくこれにならったものだろうが,「くさぶ」が実際に通用していた読みなのだろうか。
『和漢三才図会』の「けはりねずみ」は、「くさふ」の記載例からかなり年代が下った、近世の記載例である。『和漢三才図会』は漢名として「毛刺」と「蝟鼠」を挙げているから、「け-はり-ねずみ」はこの2つからの苦心の合成語と考えてもいいかもしれない。その後、3語連結の冗長さが嫌われたためか、なくても意味の通じる「け」が落ちて「はりねずみ」となったのではないだろうか。サヨリの古名を「針魚(はりお)」といい、無論これは針のように細い形状からきた名前だが、ハリネズミと聞いて針のような体形のネズミを連想する人は稀だろう。
なお、『本草項目啓蒙』では「刺鼠」という漢名も示しているが、これを訳せば、まさしく「はりねずみ」となる。
(1999.10.25. 最終推敲:2005.01.22.)
■ ハリネズミを漢字で書けば ■
もちろん、普通ならば「針鼠」
と書いてしまえば、大丈夫、それで正解です。針の生えた、鼠みたいな生き物だから、針・鼠。単純明快ですね。「玻璃不寝見」なんて書いたって、誰も読んでくれないだけです(ちなみに、他項で示したように、「波利禰豆美」と表記している古書もあります)。
ところで、中国には、北東部にマンシュウハリネズミという種が分布していますが、これは、ヨーロッパのナミハリネズミと同じ、ハリネズミ属に分類されるものです。また、モンゴル地域には、オオミミハリネズミ属の2種が分布しています。中国に分布するハリネズミというと、『クラブ』ではこれくらいしか確認できないのですが、春陽堂書店から出ている『新註校定 國譯本草綱目』(1931.11.、19.77.4.新註校定)の註(第12冊、p.430)には、「ほくまんはりねずみ 学名 Erinaceus amurencis, Schrenk. 他ニ支那全土ニはりねずみ種多シ。」とあります。ホクマンハリネズミとは、学名から見ても、『クラブ』でのマンシュウハリネズミに相当するものでしょう。また、本文中にも、「弘景曰く、処処の野中に時にこの獣がいる。」とあります。いずれにしても、中華の人々がハリネズミという動物を認知していたことは確かで、現に、1文字だけでこの動物を表す漢字だって、ちゃんとあるのです。
試みに、諸橋の「大漢和」の字訓索引を見ると、「はりねずみ」の項には、何と5つもの文字が並んでいます。もっとも、よく見てみると、5字のうち4字までは、同じ系列の兄弟文字なのですが。
仲間はずれの1字から、先に見ておきましょう。これは、けものへんに亢と書く、つまり、こんな感じ「オ亢」の文字なのですが、これについては、文献によって説くところの字義がバラバラで、これという用例があるわけでもないようなので、忘れてしまってかまわないでしょう。
残る4文字のうち、JISコードが割り当てられているのは、「蝟集(いしゅう)」の「蝟(い)」と、「語彙(ごい)」の「彙(い)」の2つです。「説文解字」(せつもんかいじ:後漢の許慎が撰した字書。15巻。中国文字学の聖典と言ってよい。「説文」と略称することが多い)によれば、この2つは同じ文字、つまり、読みもおおよその意味も同じ、同音同義の文字ということになります。
「蝟集」とは、ハリネズミのハリのように、一時に多くのものが集まること。実を言えば、私は長年の間、この「蝟(い)」を「蛸(たこ)」と混同しておりまして、「蝟集」という言葉を見ると、月夜の岩場にわやわや集まってくる大ダコ小ダコを想像したりしたものでした(いや、お恥ずかしい)。「蝟集」と同義で、「蝟結」「蝟合」といった熟語もありますが、ハリネズミらしいのは、やっぱり「蝟縮(いしゅく)」という言葉ですね。ハリネズミのように畏れ縮こまること(そう言えば、「畏」の字も「胃」系と音がよく似ています)。逆に、ハリネズミがハリを起こすように毛が一斉に立つことを「蝟起」とか「蝟立」と言い、前者は転じて、多くのものが一斉に立ち上がることを言いました。ものごとが一度に起こることを「蝟毛」、奮起することを「蝟奮」と言ったりもします。まあ、実際に我々が目にする可能性があるのは、せいぜい「蝟集」くらいだろうけれど。
「蝟(い)」の字の声符は、もちろん右側の「胃(い)」ですね。むしへんと胃の組み合わせを見て、“ああ、ハリネズミって、虫をたくさん食べるからね”なんて、早合点してはいけません。ここでの「虫」とは、今日我々が「むし」と呼ぶところのもの、すなわち昆虫やミミズやクモのような生き物ばかりを指した記号ではないのです。だいたい、「虫」という文字自体、決してミミズやトンボやカブトムシではなく、マムシの形から作られたものとされているのですが、虫のつく文字を数えあげてみると、蝮(まむし)、蛇(へび)のほかにも、まずさっきの蛸(たこ)がそうですし、蛙(かえる)、蜥蜴(とかげ)、蝦(えび)、蟹(かに)、蝙蝠(こうもり)、牡蛎(かき)、蜆(しじみ)、蛤(はまぐり)、田螺(たにし)……つまり、大雑把に言って、何であれ、人、獣、鳥、魚以外の小動物は、「虫」に分類されても文句は言えなかったらしいことがわかります。日本語の「むし」にしても、昔ながらのマムシ(ま-むし ですから、日本語でも、マムシはやはり“むし”の中の“むし”だったわけですね)、デンデンムシ、ミズムシ、タムシから、近代以降に命名されたものでも、ゾウリムシ、ミドリムシ、ワムシ、クマムシに至るまで、結構何でもアリの、節操のない言葉ですよね。
そうは言っても、あんなに毛だらけの(と言うか、ハリだらけですが)ハリネズミを、「けもの以外」に分類してしまっては、いくら何でもかわいそうです。そんなわけで(?)、「蝟」の類字として、虫のかわりにけものへんを付けた「[オ胃]」のような文字がありました(上記『新註校定 國譯本草綱目』でも、「蝟」について、「旧は虫魚部に編入されてあったが、本書は爾雅に拠って獣部に移し入れた」としています(p.431))。もう1字は「豸胃」という字ですが、むじなへん(豸)とけものへんはごく近い親戚ですから、この「豸胃」と「[オ胃]」は、実質的には同じ字と考えてよいでしょう。
「蝟」「[オ胃]」は、現代の中国語でも、ハリネズミを意味する言葉として使われています。2字では「蝟鼠」と言いましたが、現代の口語では、“刺”を添えて「刺蝟(ツーウェイ)」というそうです。『ハリネズミクラブ』の目次では、“刺”にもけものへんを添えて「[オ刺][オ胃]」としています。こういう表記もあるのでしょう。
荒俣宏『世界大博物図鑑 5 哺乳類』(平凡社、1988.04.)では、「中国名の蝟は、古来ハリネズミの皮が胃の病気に効くとされたことによる」なんて言い切っています。ネタ元は『國譯本草綱目』なんじゃないかと思いますが(春陽堂版の現代語訳を引いておくと、「宗〓曰く、蝟皮は、胃逆を治し、胃気を開くに有功だ。その文字を虫に従い胃に従って書くは深い道理がある。」つまり、“胃”ばかりでなく、“虫”の方まで、腹の虫にこじつけて解釈しているんですね(^_^;)、「説文」はじめ、こんないかにも民間語源風のアヤシゲな説明をしている資料は、ほかに知りません。悪いけど、とても真に受けるわけにはいかない。推測するに、実際は順序が逆で、「蝟の字には胃がついている>腹の病に効くに違いない」ということで、蝟皮が腹の薬になったのではないでしょうか。
右側の「胃」という部首、これが胃袋であることは言うまでもありませんが、これをさらに細かく見てみると、下半分は肉の形をかたどった“にくづき”、上の「田」は、穀物、つまり“米”が詰まって、まん丸くパンパンにふくらんだ胃袋の形だそうです。中国人にとって「胃」のイメージは、“まん丸い”袋だったんですね。それで、丸くなる動物、ハリネズミにも、この字を当てた。これは、藤堂明保『漢字の話 上』(朝日選書 309、1986.07.)に見える説です。さらに藤堂さんは、「胃は囲と全く同系のことば」としています。面白いとは思うけど、これには異論もありそう。
一方、白川静さんは、『字通』(平凡社、1996.10.)の中で、簡単に「胃に蝟集の意がある」と片付けてるいます。でも、これは、もうちょっとちゃんと説明してほしいところ。勝手に想像すれば、つまり「胃」の声系の字は、すべて胃袋の中で食物がぎゅっと凝縮されるようなイメージを共有しているということでしょうか。それなら、「胃」の音(歴史的かなづかいでは「ゐ (wi)」、現代中国語の読みではウェイ)は、「ぎゅっ」という感じのオノマトペだったのかな? 山田勝美・進藤秀幸『漢字字源辞典』(角川書店、1995.07.)の「胃」の項では、「この音は、胃が食物を委積(いし:詰め込む)するところからきている」としています。
これに対して、「蝟」と同音同訓の「彙」については、『字通』で、「はりねずみが身を丸めている姿」とされていますが、会意ではなく象形としているのは、上下の部首を併せた全体を一つの象形と見たためでしょうか。この字の成り立ちについても、字典によっては別の説を挙げています。
(1998.11.? 最終推敲:2000.02.11.)
■ 各国語の「ハリネズミ」 ■
− 難波の蘆は伊勢の浜荻 −
以下のリストは、さまざまな言語で「ハリネズミ」を何と呼ばれているかをまとめたものである。畏友ニワトリ氏の調査による。
特殊なアクセント記号は省略してある。また、*** は、ここに示したローマ字転写法が確かでないものを表す。
全ての外国語の表記・発音等の正確さについては保証の限りではないが,誤った記述があった場合の責任は,当サイトの運営者,いぬかわにある。気のついた点があればご指摘いただきたい。
- Chinese : wei4, ci4wei
(中国(北京):ウェイ、ツーウェイ)
- Cantonese : chi waih
(広東:チーワイ)
※ ニワトリ注:イェール式ローマ字による。広東語は声調言語だが、ここではアクセント記号を省略している。なお、上記の訳語はニワトリの後輩にあたる広東出身の中国人に教示を受けたもの。北京語(北京普通話)と広東語(広州話)では同じ漢字語を使い、発音が異なるだけとのことであったが、この後輩によると、中国語ではハリネズミを言うとき主に「刺[オ胃]」((北)ツーウェイ,(広)チーワイ)を使い、単に「[オ胃]」とだけ言うことはあまりないとのこと。
- Korean : goseumdochi
(朝鮮:コスムドッチ)
※ ニワトリ注:2000年に公布・施行された韓国語の新しいローマ字表記法国定規則による。
- Mongolian : zaraa
(モンゴル:ザラー)
- Tibetan : semo
(チベット)
- Indonesian : landak
(インドネシア:ランダク)
- Vietnamese : con nhim
(ベトナム:コン ニム)
※ ニワトリ注:ベトナム語は声調言語だが、ここではアクセント記号を省略している。
- Thai : men chanit nung (?)
(タイ: )
※ ニワトリ注:図解英泰辞書には「一種のヤマアラシ(?)」として記載。タイ語は声調言語だが、ここではアクセント記号を省略している。
- Tagalog : parkupino, baboy kalisag
(タガログ:パルクピーノ,バーボイ・カリーサグ)
※ ニワトリ注:parkupino はスペイン語または英語またはその両方からの外来語と思われる。baboy は「ブタ」、kalisag は「とげ」。フィリピンにハリネズミが棲息していないせいか,「ヤマアラシ」に準じた命名となっている。
- Japanese : harinezumi
(日本:ハリネズミ)
- Latin : ericius, erinaceus
(ラテン:エーリキウス、エーリナーケウス)
- French : herisson
(仏:エリソン)
- Spanish : erizo
(西:エリーソ)
- Catalan : erico
(カタルーニャ:エリソー)
- Italian : riccio
(伊:リッチョ)
- Portuguese : ourico
(葡:オウリーソ)
- Romanian : arici
(ルーマニア:アリーチ)
- Moldovan : arich ***
(モルドヴァ:独立前の国名はモルダヴィア Moldavia)
C: モルドヴァ語はルーマニア語と同一言語と考えられている。
- English : hedgehog (, urchin)
(英:ヘッジホッグ、アーチン)
- Classical Greek : echinos
(古ギリシャ:エキーノス)
- Modern Greek : skantzochoiros ***
(現代ギリシャ:スカンゾホイロス)
※ ニワトリ注:skantzochoiros は「ヤマアラシ」を意味する akanthochoiros の変形らしい。
- German : Igel
(独:イーゲル)
- Dutch : egel
(蘭:エーヘル)
- Swedish : igelkott
(スウェーデン:イーゲルコット)
- Danish : pindsvin
(デンマーク:ピンスヴィン)
- Norwegian : pinnsvin
(ノルウェー:ピンスヴィン)
- Russian : yozh
(露:ヨシュ)
- Ukrainian : yizhak
(ウクライナ:イジャク)
- Czech : jezek
(チェコ:イェジェク)
- Slovak : jez
(スロバキア)
- Belorussian : vozhyk ***
(ベラルーシ:ヴォージク)
※ ニワトリ注:ベラルーシ語は露,ウクライナ,ポーランド語を足して3で割ったような言語(ベラルーシの人々には失礼だが)。vozhyk は他のスラヴ諸語と同源で,ただ語頭に v 音がついただけと思われる。
- Polish : jez
(ポーランド:イェシュ)
- Slovene : jez
(スロヴェニア(旧ユーゴ):イェシュ)
- Serbo-Croatian : jez
(セルボクロアチア:イェジュ)
※ ニワトリ注:1990年代のユーゴ内戦を経て,もともと単一言語と見なされていたセルボクロアチア語は,セルビア語,クロアチア語,(イスラム教徒の)ボスニア語の3つに分割された。このうち,セルビア語がキリル文字,クロアチア語とボスニア語がラテン文字を使う。
- Bulgarian : ezh, taralezh ***
(ブルガリア:エシュ,タラレシュ)
- Macedonian : ezh ***
(マケドニア語(旧ユーゴ):エシュ)
※ ニワトリ注:マケドニア語はブルガリア語にきわめて近い。
- Lithuanian : ezys
(リトアニア:エジース)
- Latvian : ezis
(ラトヴィア:エズィス)
※ ニワトリ注:ラトヴィア語はリトアニア語と同じく,印欧語族のバルト語派に属する。
- Finnish : siili
(フィンランド:シーリ)
- Estonian : siil
(エストニア:シール)
※ ニワトリ注:エストニア語はフィンランド語と同系のアジア系言語(ウラル語族)。
- Arabic : qubaa`, qunfud
(アラビア:クバーア,クンフド)
- Persian : khar-posht, kunfuz
(ペルシャ:ハール・ポシュト,コンフォズ)
※ ニワトリ注:ペルシャ語はタジク語(タジキスタン)、ダリー語(アフガニスタン)と同一言語と考えられている。
- Hebrew : kipod
(ヘブライ:キポード)
- Turkish : kirpi
(トルコ:キルピ)
- Kazakh : kirpi
(カザフ:?)
- Albanian : uriq, iriq
(アルバニア:ウリッチ,イリッチ)
- Irish : grainneog
(アイルランド:?)
※ ニワトリ注:アイルランド語はゲール語の一種。ゲール語の文字と発音の関係は相当に錯綜しているようなので、読み方は未調査。
- Welsh Gaelic : draenog
(ウェールズ系ゲール:?)
- Scottish Gaelic : craineag
(スコットランド高地系ゲール:?)
- Basque : kirikino, triku, sagarroi, kirikolatz
(バスク:キリキノ,トリク,シャガロイ,キリコラッツ)
- Hungarian (Magyar) : sundiszno
(ハンガリー/マジャール:シュンディスノー)
- Swahili : nungu mdogo
(スワヒリ:ヌグ ムドゴ)
※ ニワトリ注:nungu は「ヤマアラシ」,dogo(mdogo ではない) は「小さい」なので、nungu mdogo は「小さいヤマアラシ」か?
- Somali : xiddigdhul
(ソマリ:?)
- Hausa : bushiya
(ハウサ(アフリカ):ブーシヤー)
- Afrikaans : krimpystervark
(アフリカーンス:クリンプ・エイステルファルク)
※ ニワトリ注:アフリカーンス語は,南アフリカで使われるオランダ語の変種。krimp は「縮む」,ystervark は「ヤマアラシ」。ヤマアラシを基準にしてハリネズミを命名しているところは、スワヒリ語やタイ語と同様のようだ。
- Hawaiian : pua`a `okalakala, pua`a `ili `oi`oi, kipola
(ハワイ:プアア・オーカラカラ,プアア・イリ・オイオイ,キーポカ)
※ ニワトリ注:pua`a は「豚」、`okalakala は「とげとげの」、`oi`oi も「とげとげの」、`ili は「小石、重なる」。
中国語の wei4, ci4wei は、漢字で書けばそれぞれ「[オ胃](蝟)」「刺[オ胃]」だが、字形には異同がある(「ハリネズミの漢字」の項参照)。ほかに「[オ胃]鼠」との呼び名もあるようだが、未詳。
なお、[オ胃]・蝟の声符は「胃」だが、これには同音異字が多く(wei の第4声)、日本と共通する文字だけを見ても、衛、未、味、位、謂、尉、慰などがそうである(「爲」は意味によって2つの読み方を使い分ける文字であり、「する」「なる」の意味では第2声、「のために」「のせいで」の意味では第4声に読まれる。日本語でも「楽」が語義によってガクとラクとに読み分けられるのと同じ)。
「魏」もこの音だが、これは人の姓にも使われる文字であり、「魏仙爺 wei4 xian1 ye2 」はハリネズミの異名である。「爺」は「旦那」というほどの意味。とんじ・けんじ著『トン考』(アートダイジェスト,2001.05.)によれば,中国でのブタの異称の1つに「黒爺」(黒い旦那)というものがあるとか。同書の考証によれば,ブタは昔は黒毛が多かったと考えられる節があるとか。
広東語の chi waih も,漢字は「刺[オ胃]」。
※ ニワトリ氏によれば、現代中国語のローマ字表記には、1958年以来大陸で公認され用いられている「ピンイン」と、台湾で使われている「トマス・ウェード式」の2つがあり、最近はピンインが標準になりつつあるものの、西洋の人文学ではなおウェード式表記が使われることが多いらしい由。
上記の「刺[オ胃]」ci4wei の表記はピンインで、ウェード式では tz`u4wei (uの上にお椀状のアクセント記号がつく)となる。「魏仙爺」も、ウェード式では wei4 hsien1 yeh2 である。
西〜南ヨーロッパでは、ラテン語の ericius に由来する語が多く使われている。仏、西、伊、葡のほか、英語の urchin もこれに該当する。
波、露(ёж)のスラブ系は、これとは別の一系統をなしている。
辞典によれば、ドイツ語の Igel は、ゲルマン語の「ヘビを食うもの Schlangenfresser」に由来するらしい。ゲルマン語派の諸語では、この Igel に近い形をとる国が、ほかにもいくつかある(その歴史の上からラテン語・フランス語からの移入語の多い英語は例外となる)。ドイツ語で Igel と最も近縁の単語は Egel(エーゲル)だが、この語はヒルを意味する。オランダ語では、たまたまこれと同綴りの egel(エーヘル)がハリネズミを意味する。スウェーデン語ではハリネズミを表す語が igelkott(イーゲルコット)とドイツなどより長いが、これは igel(「ヒル」)と区別するためかもしれない。
ギリシャ語の ekhinos(ウニやハリネズミなど、トゲトゲ族の総称)も、(ラテン語 (echinus) を経由して?) Echinus の形でドイツ語に入っているが、英語の場合と同じく、ウニのみを意味する。
デンマーク語・ノルウェー語の pindsvin, pinnsvin は、英語の porcupine(ヤマアラシ)を連想させる。porcu- はラテン語由来でブタ(英語では pork や porker がこの系列)、pine はラテン語の spina(トゲ/脊柱)の系列、つまり合わせると「トゲブタ」ということになる。
ニワトリ氏によれば、デ語・ノ語どちらでも、svin はブタを意味する。英語の swine の親戚語だろう。さらに、デンマーク語の pind は「小さな棒、枝木」、ノルウェー語の pinne は「杖、棒」を意味するというから、英語でいえば stick に似た意味合いの語なのではないだろうか。つまり「突くもの」であり、結局、原義は porcupine の pine に近いものであったのではないかと推測できる。
なお、英語の pin(ピン)に対して、ドイツ語にも Pinne(鋲、ピン)の語がある。
これもニワトリ氏の指摘だが、ペルシャ語の kunfuz は、アラビア語 qunfud からの外来語である可能性もあるとのことである。
また、各国語のヤマアラシ,ウニについては、別表のとおり。
(1999.09.17 最終推敲:2002.01.29.)
■ 嵐の中のウニ小僧? ■
− 海アーチン・陸アーチン −
英語でハリネズミを意味する語といえば,hedgehog である。この語でWWW検索をかけてみて、Sonic the Hedgehog 関連のサイトがやたらヒットするのに辟易した方もあるのではないだろうか。
hedge-hog とは「生け垣の・ブタ」ということで,OEDの掲げる「ハリネズミがよく見られる生け垣と、ブタのような鼻面とから由来する」という説明に,疑問の余地はない。
だが、よく考えてみれば,この名前はやはり、不思議だとは思われないだろうか。ハリネズミといえば、ヨーロッパでは(いや、アジアやアフリカの多くの地域でもそうだが)古い時代から親しまれてきた、身近な野生動物である。ギリシャ時代から人家の近くで普通に見ることのできた動物の名前が、どうして「生け垣のブタ」などという持って回った合成語で呼ばれなければならないのだろうか?
……そう、ハリネズミは、これとは別の名前を、かつてはちゃんと持っていたのである。
※ hedge の語義は、「生け垣」から「障壁>防護措置」へと拡張しており、「リスクヘッジ」「ヘッジファンド」といった耳新しい経済用語にも取り込まれている。
世界史の授業に登場する英国の「エンクロージャー(囲い込み)」も、まさにこの生け垣によって成立したものである。
英国の生け垣については、三谷康之『童話の国イギリス』(PHP研究所,1997.07.)に詳しい。同書によれば、適度な日陰を保ってくれる生け垣には、森林や野原よりも草花の種類が多く、哺乳類、鳥類を含む多くの動物たちもまた、生け垣を生活域としているという。生け垣に住まう動物の一例として、同書には D.Teague による親子らしい野生ハリネズミたちの絵が掲げられている(p.20)。
和英辞典で「ウニ」を引くと、a sea urchin の語が当てられている。
この"urchin" という単語、実はなかなか複雑な歴史を負っているのだ。研究社の大英和をひもといてみよう。
urchin
< urchon(1340年ごろ)より派生
< ONF(古ノルマン仏語)の herichon からの借入
= OF(古仏語)の hericon に同じ
(現仏語 herisson = ハリネズミ)
<ラテン語の e^ricius より派生
<「ハリネズミ」を意味する (h)er(原義は「トゲトゲした生き物」)より派生
<「毛を逆立てる (to bristle)」意の印欧基語 gherse-(推定)より派生
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ericius(エーリキウス)は、ハリネズミの属名ともなっている erinaceus(エーリナーケウス)とも近い言葉である。古代ギリシャ人は、“トゲトゲしたもの”を呼ぶのに ekhinos(エキーノス)という言葉を使ったが、これも根は同じ言葉と見てよいだろう。アリストテレースの『動物誌』を見ると、ハリネズミやウニ、さらには「葉胃」(ウシなどの)もこの名前で呼ばれたようだ。澁澤龍彦『幻想博物誌』にも、エキーノスについての記述があったように思う。
(ラテン語等のかな表記の音引きについては、ニワトリ氏からご教示をいただいた)
ericius から派生した urchin は、現代英語では
1 少年;(特に)いたずら[わんぱく]小僧
2 ウニ(=sea urchin)
3 《古》ハリネズミ
4 《廃》(ハリネズミに化けるという)小鬼 (goblin)
5 [紡績]アーチン《梳毛(綿)機の大ドラムの周りにある二つの小針布 シンプ の一つ》
といった意味をもつらしい。
1の「いたずら小僧」という語義は、ハリネズミとはあまり関係がなさそうだが、そもそもどこからやってきたものだろう。そのことを考えながらこのリストを見直してみると、即座に目につくのが、4の「小鬼」である。
(現在は忘れられかけている)3の「ハリネズミ」が、(現在も健在な)2の「ウニ」とともに最も古い語義であることは間違いないだろうが、民間伝承から4の「小鬼(ハリネズミに化けると考えられていた)」の意に拡張され、そこからさらに、「いたずら小僧」の意味が生まれたものなのではないだろうか。
※ 「新編 英和活用大辞典」(市川繁治郎編,研究社,1995.07.)では、「いたずらっ子」を表す urchin を、「戯言的または古風な言い方」としている。
ところで、2002年5月,60歳という若さで亡くなった進化生物学者スティーヴン・ジェイ・グールド Stephen Jay Gould の著作に,『嵐のなかのハリネズミ』(渡辺政隆訳,早川書房,1991.08.,原著 1987.)という書評エッセイ集がある。原題を“An Urchin in the Storm” という。
このタイトルにこめられた意味については,著者自身が序文の中で丁寧に解説しているが,そのベースになっているのは,(アルキロコスの断片による)「一芸に拠って生きる者」としてのハリネズミのイメージだ(「資料室」では「ハリネズミ族 vs.キツネ族」の項で取り上げている)。また,「嵐」は,ハリネズミが対処しなければならない“予測を拒む多様性を持った現象”のアレゴリーであるという。「嵐」の中にたたずむ「ハリネズミ」が象徴するのは「異なる主題に対する一貫した視点」である,と説明されれば,なるほどこれ以上にグールドにふさわしいタイトルは考えられないような気さえしてくる。
hedgehog ではなく urchin を使ったのは,「わんぱく坊主」という含みを持たせるため(p.13) であると同時に,海洋生物学の専門家らしく,ウニにもひっかけているようだ。
★ Too Trivial! ★
こちらのウェブページによると,グールドにはこんなタイトルの著作物もあるらしい。ちゃんと韻を踏んでいることに注目。
○ハリネズミとキツネとマジスターの水痘
− 自然科学と人文科学とのいわれなき諍いを終わらせるために −
The Hedgehog, the Fox, and the Magister's Pox: Ending the False War Between
Science and the Humanities
ところで,『嵐のなかのハリネズミ』序文の,グールド一流の楽しい脱線余談は,urchin という単語の,現在のアメリカでの用いられ方についても,ある情報を与えてくれる。
私は、夏はジョーンズ・ビーチで泳ぎ、古無脊椎動物学を専攻したニューヨーカーとして、海の生物に偏執的な愛着を抱いている。かねがね私は、英語ではウニのことをなぜ「海のわんぱく坊主(シー・アーチン)」と呼ぶのか不思議に思っていた。ウニと街路にたむろするいたずらっ子たちとでは、どこも似てないではないか。ウニがそう呼ばれる理由がわかったのは、ヨーロッパではハリネズミが「わんぱく坊主(アーチン)」と呼ばれており、球形でとげのはえたウニの姿が、ハリネズミの防御姿勢とそっくりだということを知ったあとのことだった。
(p.18-19)
他項でもたびたび言及したが、原則として、アメリカには野生のハリネズミは棲息しない。hedgehog という単語は、ウニ (sea-urchin) の意味もあるのだが、アメリカではさらに、この単語が ヤマアラシ (porcupine) を指すことがある。これは、一つには本物の hedgehog(=ハリネズミ)が彼の地にいないせいであろうかと思われる。
上のグールドの文からわかるのは、アメリカ人である彼が、urchin という言葉に「ハリネズミ」という意味がある(あった)ことを、ある時期まで知らなかったということだ。そして、この単語が「ハリネズミ/ウニ」と「いたずらっ子」の両方の意味を持つようになった理由について、グールドは特に考察を加えていないから、彼はこの問題を、“ハリネズミというのは、きっと茶目っ気のある動物なんだろう”程度に考えて済ませている可能性がある。
※ 思いつきに過ぎないが、このような印象の成立を助長しているかもしれない−−それどころか、実際に urchin の語義の変遷に関与しているかもしれない−−のが、"arch" という単語の存在である。
この語には、「(女性や子どもの行為、顔つきなどが)いたずらっぽい、ちゃめな、ふざけた」の意味がある。
つまり、urchin という単語の語義の変遷は、
3 ハリネズミ/2 ウニ > 4 小鬼 > 1 わんぱく小僧
という順序によるものと推定されるのに対して(もちろん推定は推定に過ぎないのだが)、グールドは、
1 わんぱく小僧 > 3 ハリネズミ > 2 ウニ(sea-urchin)
または
3 ハリネズミ > 1 わんぱく小僧,
3 ハリネズミ > 2 ウニ(sea-urchin)
という図式を思い描いているようなのだ(後者であれば、それは必ずしも間違いとは言い切れない)。
さらに、グールドがこの書名を解説するに当たって、こんな蘊蓄話をわざわざ披露してくれているからには、アメリカでは urchin に「ハリネズミ」の意味があることはあまり知られておらず、アメリカ人の urchin という言葉の一般的なイメージは(以前のグールドにとってのそれと同様に)
1 わんぱく小僧 <???> 2 ウニ(sea-urchin)
というあたりに留まっているらしい。
慎ましいハリネズミは、urchin の名を潔くウニとわんぱく小僧に譲り渡し、自分はブタの仲間に甘んじているのである。
なお,“elf(妖精)”という言葉も,比喩的に「いたずら小僧(いたずら者,意地悪な人)」を表すことがある。
(1999.08.06. 最終推敲:2003.08.31.)
■ トンパ文字のハリネズミ ■
ナシ(納西)族は,中国の奥地,雲南省麗江県を中心に居住する少数民族である。
ナシ族にはトンパ(東巴)教と呼ばれる原始宗教があるが,トンパとは彼らの祭司または伝教師のことである(トンパという民族や国があるわけではないし,また,「トンパ」という名詞は文字そのものを指すものでもない)。
トンパは占いや医療活動などを行い,集落の人々に頼りにされる存在である。しかし,トンパになるための修行は十数年かかり,一子相伝で,男子しか継承できない。また,トンパは専業職ではなく,占いなどによって収入を得ることも禁じられているので,他に生活の方途を持つ必要がある。そんなわけで,現在は70代の老トンパが20人余りいるだけであるという。幸い,最近になって,トンパ教やトンパ文字が注目されるようになり,中国政府もトンパ文化の研究・保護を始めている。
トンパ文字とは,トンパたちがトンパ経と呼ばれる経典を著すのに使ってきた独自の文字であり,形式化の未発達な,生き生きとした絵文字である。王超鷹『トンパ文字 −生きているもう1つの象形文字−』(マール社,1996.04.)は,トンパ文字に惚れ込み,何度も麗江県を訪ねた筆者による,トンパ文字の解説と目録がいっしょになった本だが,この絵文字の魅力をよく伝える好著である。この本の刊行がきっかけとなったのかどうかは不明だが,2002年春現在,トンパ文字は若者たちの間で“秘かに流行”しているとのことだ。「超漢字トンパサイト」,「トンパ文字」,「電網写真館 雲南館」など,ウェブサイトの活動も活発である。
![[ハリネズミ]](../../gif/tompa_hh.gif) |
ハリネズミ hedgehog
トンパ文字の獣の顔は,どれもよく似ている。目録の絵では,どれも大きな目玉を天に向け,にやりと笑ったような愛嬌のある横顔だ。ただし,この文字は描く人によっても多少の違いがあるということだから,口もとなどは,別の人が書けばまた少し感じが違ってくるのかもしれない。カエルにも似ているが,トンパ教ではカエルを崇拝の対象としており,そのためか,カエルを表すトンパ文字は抽象度が高く、これら獣を表す絵文字にはあまり似ていない。
![[ハリネズミの針]](../../gif/tompa_quill.gif) |
ハリネズミの針
hedgehog's quill
『トンパ文字』の文字目録の中に,「ハリネズミ」のトンパ文字がある(右)。ネズミなどと同じ獣の祖型に,体にはチョンチョンとハリを描き込み,さらに長いハリを6本,体の表面から放射状に伸ばしたものだ。
面白いのは,「ハリネズミの針」というトンパ文字も別にあることだ。ナシ族では,ハリネズミのハリを何かに利用しているのかもしれない。
![[ハリネズミ星]](../../gif/tompa_star.gif) |
ハリネズミ星
the hedgehog star?
だが,さらに興味深いのは,『トンパ文字』の文字目録の最後のページ,「星座」の欄に載っていた文字−−「はりねずみ星」である。ハリネズミを表すらしい獣の絵文字(じつはハリネズミよりサルなどの絵文字に似ているのだが)の上に星を表す小円,隣りには漢字の「乙」のような図形が描かれている。
これが我々の知るどの星に当たるのか,ぜひ知りたいものである。
情報と画像をくださった石井星山さん,ありがとうございます。
追記:『パソコンで楽しむ 愛と友情のトンパ文字』(東巴文字愛好会,技術評論社,2004.01.)の「獣」の部には,ハリネズミの代わりにヤマアラシのトンパ文字がある(p.173)。ネズミ風の体から,左右に2本ずつ,計4本の,長いハリが伸びている。
英語では hedgehog となっているが,中国語では「箭猪(即毫猪)」とあるから,ヤマアラシと考えて問題ないだろう。
しかし,ひるがえって考えれば,トンパ文字が使われている地域にヤマアラシが棲息する事実は,上の「ハリネズミ」関連のトンパ文字が,実はことごとくヤマアラシがらみのものである可能性を示唆する。実際,「ハリネズミの針」よりも,「ヤマアラシの針」の方が,わざわざ文字化されるにはずっとふさわしいに違いないのだ。
(2002.05.05. 最終推敲:2004.01.04.)
■ ハリネズミと呼ばれるもの ■
三修社の『現代独和辞典』(第1、178版)を見ると,Igel(ハリネズミ)の第2義は「びんたわし」。
なるほど。
ニワトリ氏によれば,フランス語でハリネズミを表す herisson にも同じ語義があり,ほかに「煙突掃除器」も同じ名で呼ばれる由。
★ Too Trivial! ★
まったく関係ないが純粋に音韻上の連想からふれておくと,英語で easel(イーゼル,画架)と呼ばれているものを,ドイツ語では Esel という。より一般的には,これは「ロバ」を意味する単語である。発音は英語とは異なるので,Esel と韻を踏むのは Igel ではなく Egel(ヒル)だ。
英語の場合と同じく,Esel(ロバ)は動物イメージから「間抜け」の意味ももつので,ディーゼル機関の発明者 Diesel さんは,きっと自分の名前があまり好きではなかったのではないか。しかしもちろん, Diesel さんが“左巻き”であったはずはないのだ,何しろ deasil(右回り)なんだから。……ああ,歯止めのきかない駄洒落ネタの甘い罠。
ときに,宮沢賢治による「無機物もの」の隠れた名作『easel and easeless』を,読者はご存知だろうか……って失敬,これも駄洒落でした。いやはや。
賢治が本当に書いたのは……さて,何だったでしょう?
さて,以下はニワトリ氏のご教示によるが,『リーダーズ英和辞典 第2版』(研究社,1999.04;ニワトリ氏によれば,現存中最良の英和辞書との評判がプロの通訳・翻訳者のあいだで確立しているとのこと)の記載は,
hedgehog n
1 【動】ハリネズミ;【動】*ヤマアラシ (porcupine).
2 怒りっぽくて意地の悪い人;*《学生俗》 [derog] ぞっとしない女,ブス;《電算俗》1機種[1種類のプログラム]しか操作できないやつ.
3 【軍】針鼠陣《四周防御のための要塞化陣地》,小矩馬《3本の棒を組み,それに有刺鉄線を巻きつけた障害物》,針鼠鹿柴(ろくさい)《コンクリートに鋼鉄棒・鉄管を植えた障害物で、水際に設置して上陸・渡河作戦を阻止するもの》.
-hoggy a
ハリネズミ[ヤマアラシ]のような;とげとげした.
[hedge 生息地より,hog その鼻より]
(*はアメリカ語法)
となっている。
1の「ヤマアラシ」はアメリカ語法であり,よく見る hedgehog > ヤマアラシ という誤訳の原因となっていると思われる。2の「怒りっぽくて意地の悪い人」「ぞっとしない女,ブス」と "hedgehoggy" については「“つむじ曲がり”と“短髪”」の項,「1機種[1種類のプログラム]しか操作できないやつ」は「“一芸巧者”のイメージ」の項,3については「ハリネズミと呼ばれる兵器」の項を,それぞれ参照されたい。
以下もニワトリ氏からの情報だが,他項でふれたもの以外で,「ハリネズミ」を指す語で他のものが呼ばれる例としては,
「とげのある貝」(仏)
「ウニ」(英西伊)
「ハリセンボン」(仏西)
「錨の一種」(仏)
「食器の水切り台」(仏)
「歯車の一種」(仏)
「鉄条網の部品の一つ」(仏)
といったものがある。フランス語では流用の範囲が広いのだろうか。英語では,hedgehog と (sea) urchin の両方が「ウニ」の意味をもつ。
ほかに,ドイツでは「ハリネズミ」の名で呼ばれるケーキがあり,またイタリア語では「繊維を梳くのに使う用具の一つ」を指すが,後者は英語で urchin と呼ばれるもの(アーチン;梳毛(綿)機の大ドラムの周りにある2つの小針布(しんぷ)の1つ)のことだろう。プリニウスに,当時ハリネズミの皮が布を梳くのに(あるいは皮をなめすのに)使われたらしいことを示すテクストがあったことが思い出される(「その他のハリの用途」の項)。
また,西洋建築の用語としては,英和辞典で capital(柱頭)の項を見ると,よく柱頭部分の図解が載っているが,それを見ると,柱頭上部の太い部分(冠板 abacus)と,比較的細い柱本体の部分をつなぐ繰り形部分が,「エキナス echinus(饅頭形)」と呼ばれていることがわかる。echinus とは現代では主にウニを指す言葉だが,元々はハリネズミを指すラテン語である。
旧約聖書中,「ゼファニヤ書」2.14で,「ふくろうと山あらしは柱頭に宿り/その声は窓にこだまする」(新共同訳)の「山あらし」と訳された部分は,原語がヤマアラシとハリネズミを区別していないため,実際にハリネズミと訳された例がある。柱頭に禽獣が宿るのは,建物が倒壊して柱なども倒れている廃墟だからであろう。このテクストと「エキナス」の名称には,何か関わりがあるのだろうか。
(2001.09.28. 最終推敲:2004.04.16.)
■ ハリネズミと呼ばれる兵器 ■
軍事用語で hedgehog と言えば、「ハリネズミ陣」のことを指すらしい。
これは、「四周防御が可能なように堅固に要塞化した陣地」(研究社英和大)、「(主要部隊の退却後後衛に当たる)堅固な防御要塞。あらゆる方向に銃を向けた要塞」(福武書店OC)とのこと。
ドイツ語で「防塞,鉄条網陣地」を Igelstellung(Igel:ハリネズミ,Stellung:陣地)というのもこれに似ている。
また,これ以外に,兵器にもこの名で呼ばれるものがいくつかある。
a.「小拒馬」
(3本の木または鉄の棒を中央で組み合わせ、これに有刺鉄線を張り回した障害物)
b.「ヘッジホッグ」「鋼鉄橋」「ハリネズミ鹿柴」
(水辺[沿岸]障害物。長さ6フィートの山形鉄材を3本ボルトで締め、通例コンクリートに埋め込んだ障害物。海岸に構築して、上陸する敵の舟艇や戦車に損害を与え、妨害する。アキュリットアーマーというメーカーから,1/76のガレージキットで「独 ヘッジホッグ 対戦車障害物」というものが出ているが,abいずれの模型であるかは不詳)
c.(H-)「ヘッジホッグ」「ハリネズミ爆雷」
(多連襲式短距離対潜爆雷。24発の小型爆雷を海面に円を描くように連続発射する。そのいずれかを敵潜水艦に命中させるもの、あるいは、1発でも潜水艦に命中すると、残り全部が連動して爆発するというもの。従来の爆雷と異なり,ロケットにより狙った海面に設置することができ,対Uボート兵器として威力を発揮した。こちらやこちらで,英文の解説と写真を見ることができる。これらのウェブページ情報を提供してくださったカーター卿に感謝したい(_ _))
なお,この対潜爆雷については,「唐沢俊一の一行知識ホームページ」の掲示板への投稿(△×△×番長さん,03.08.22.)で,ちょっとした開発エピソードが紹介されている。
また,オーストラリアでは,「マチルダ Matilda」と呼ばれる軽装の歩兵戦車に,この対潜爆雷を対地用に改造して搭載した,「ヘッジホッグ搭載型マチルダ」という奇妙なアイデア戦車が作られている。装弾数は24発ではなく,7発。単発発射と全弾同時発射ができるが,最大228メートルという投射距離は,かなり使い勝手が悪そうだ。こちらのウェブページに写真がある。
ニワトリ氏によれば,a.やb.のような,「ハリネズミ」を表す語で「軍事用の障害物」を指す用法は,英語のほか,仏・西・伊・露の各言語にも見られる。また,兵器ではないが,「塀の忍び返し」(仏,西),「煉瓦による塀の上部飾り」(仏)といった用法もあるという。いずれも突起の多いギザギザした外観からきた呼称と思われる。
このほか,アメリカの軽戦車「M5A1」には「ヘッジホッグ」の通称があり,タミヤから模型も出ている(1/35MMシリーズ,35097)。
さらに、車体の前部に大きな“くまで”状の部品をつけ、これによって敵の敷設した地雷を爆破させて撤去する米軍の?戦車が hedgehog と呼ばれているらしいとの伝聞情報を、 "CELEBRATE DIVERSITY!" の YURIKA さんからいただいた。
OED では、一種の浚渫機(泥さらいの機械)をこの名で呼んだ19世紀の用例が挙げられているが、あるいは形態上これに近いものかもしれない。ニワトリ氏によれば,ドイツ語やフランス語の「ハリネズミ」にも「砕土用の鋤」の意味があるという。
(1999.10.24. 最終推敲:2004.05.02.)
■ ハリネズミと呼ばれる遺伝子 ■
この項はニワトリ氏のレポートによる。
「ヘッジホッグ遺伝子」と呼ばれる遺伝子がある。キイロショウジョウバエ (Drosophila) を素材にした遺伝子研究の過程で発見されたもので,この名前は,この遺伝子の働きに関連したハエの突然変異体の見かけに由来するらしい。
この遺伝子のはたらきは,ショウジョウバエをハリネズミにすることだけにはとどまらない。ヘッジホッグ遺伝子は,「ヘッジホッグ族 (Hedgehog (hh) family) の蛋白質」と呼ばれる特殊な蛋白質の合成・分泌に関与するのだ。この蛋白質は,「hhシグナリング」と呼ばれる過程を通じて,動物胎生成・発達時の細胞間の誘導的相互作用 (inductive interactions) や器官分化に関与する。
後に哺乳類でも同種のものが見つかり、哺乳類に関しては Sonic hedgehog (Shh), Desert hedgehog (Dhh), Indian hedgehog (Ihh) と名づけられた3種が知られているようだ。
「ソニック」については,「超音速の青い猫」の項を参照。Desert hedgehog とはエチオピアハリネズミ,Indian hedgehog とはインドハリネズミの英名で,いずれもインドハリネズミ属 Paraechius に属する。
なお,英文に堪能な方は,こちらのウェブページも参照されたい。
(2002.01.27. 最終推敲:2004.04.22.)
■ ヘッジホッグと呼ばれる部品 ■
− カニエのヘッジホッグ・シリーズ −
どんなものかは全然知らないが,パソコンにはCPUを冷却する「CPUクーラー」なるパーツが入っている,らしい。
で,Socket(Socket A/Socket 370)用の空冷式CPUクーラーでは,カニエというメーカーで製造されている“ヘッジホッグ”という銅製CPUクーラーが,トップレベルの性能を誇っている,らしい。
CPUクーラー「ヘッジホッグ」の解剖
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厳密に言えば,「CPUクーラー」は,「ヒートシンク」と「ファン」,およびカバーと連結部品で構成される,ようだ。「ヒートシンク」は,熱を逃がすための細い金属棒である「フィン」を数多く立てて表面積を確保した,「CPUクーラー」のメインとなるパーツであり,「ファン」は当然,そのフィンの間に風を送って冷却するための扇風機,なのだろう。
ヒートシンク本体
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カニエで製造しているのはこの「ヒートシンク」の方で,他社製の「ファン」(標準・強力の2種類がある)とのセットで商品化している,ようだ。
カニエ社は,広島県福山市に本社を置く,従業員20名,資本金1千万円の小さな会社である。だが,同社のウェブサイトによれば,“ヘッジホッグ”は,「銅製ヒートシンクは、性能は良いが値段が高い」という従来の常識を覆し,性能をさらに向上させた上で価格を従来の半分以下に抑えた画期的な商品であり,海外でも最高の評価を受けている,という。
ファンが増えた!
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発売以来,“ヘッジホッグ”には細かい改良が加えられてきたが,2001年9月に発売された「Hedgehog-typeW」は,形状を工夫し,ヒートシンクの幅を広げた上,従来1基だったファンを無理矢理?2基に増やしてしまった,大胆な新製品であった,ようだ。
……なんか違ったらスミマセン。>関係者の皆様
(2001.11.02. 最終推敲:2001.11.02.)
■ ハリネズミ島 ■
ハリネズミ島? 島中どこへ行ってもハリハリハリハリ,ハリネズミの楽園のような島? ……もちろん違う。ただし,「楽園」という部分だけは正しいかもしれない。
韓国の西部,ピョンサン(邊山)半島の西方14kmほどのところにある蝟島(ウィド)の名は,入り組んだ海岸線の形がハリネズミに似ていることに由来する(「蝟」という漢字はハリネズミを意味する)。「ウィド(蝟島)」は漢語名だが,国ことばによる「Goseumdochi Seom(ハリネズミ島) 」の別称もある。
蝟島は単体の島ではない。シク(食)島,チョングム(井金)島,上ワンドゥン(旺[山登])島,下ワンドゥン島など有人島6つと無人島24から成るので,日本語なら「蝟諸島」と言うべきだろうか。有人島の1つ,シク(食)島は,「ハリネズミの飯 goseumdochi bap」とも呼ばれる。蝟島のハリネズミの鼻先に転がるエサというわけだ。
本土からは,キョクポ(格浦)港から1日6回出ているフェリーで40分程度。行政区分では,全羅(チョッラ)北道プアン(扶安)郡蝟島面に属し,8里11分里26班から成る。面所在地の町はチッリ(鎮里)という。島の総面積は14.14 平方キロ,人口は1,500人ほど。地図はこちらで,蝟島のサイトはこちら。
蝟島は風光明媚な景勝地で,毎年数多くの観光客が足を運ぶ。海水浴のメッカであり,加えて,東シナ海(韓国では「西海」と呼ぶ)中部圏の回遊魚が集まる漁場海域(「チルサン Chilsan 漁場」と呼ばれる)に位置することから,国内でも人気の高い釣り場の一つでもある。ただし,以前に比べれば,魚はかなり減少してきているようだ。なお,この海域の漁場で魚がおもしろいほど獲れた時代には,遠く東海岸や日本からも漁船が訪れ,日本人漁夫相手の遊廓まであったという。
許[竹均](ホ・ギュン)の『洪吉童(ホン・ギルトン)伝』は,17世紀初頭にハングルで書かれた名高い義賊譚だが,蝟島はこの物語に登場するユートピア「[石聿]島(ユルト)国」のモデルであると考えられている。
★ Too Trivial! ★
去る1978年の「全国民俗芸術競演大会」では,蝟島の「茅船クッ tti-baet-gut」という行事が,大統領賞を受けている。これは,正月3日に一年の厄を全部盛った茅の船を作り,西海遠く送り流すという風習だ。また,この島の中央部に残る古い官衙は,1982年,全羅北道有形文化財第101号(または第10号?)に指定されている。蝟島は高麗末水軍の要地で,朝鮮時代には流配地でもあった。
1990年代に,全羅北道が付近一帯に海上観光公園を造成したことで,この地域では観光開発の気運が高まった。長い間,交通の不便さがネックになっていたが,2001年にインチョン(仁川)からモクポ(木浦)に至る西海岸高速道路の最後の未連結区間が開通し,さらに勢いがついたようだ。
なお,2003年には,この“楽園”ハリネズミ島に放射性廃棄物の処理場を建設する計画を巡り,国中を巻き込む激しい論争が起こっている。
以上,ニワトリ氏のレポートによる。
日本とは違い,朝鮮半島では,ハリネズミは在来の野生動物の1種である。同じ形の島でも,我が国であれば無論まったく別の名前がついていただろう。
また,これもニワトリ氏の報告によるが,ブラジルにも「ハリネズミ島」の名で呼ばれる島がある。
これは,この島にかつてあった酒房の名にちなむようだ。
ところで,バルト海に位置するスウェーデン最大の島,ゴットランド Gotland は,面積3,140平方キロメートル(日本の4大島に次ぐ大きさの択捉島とほぼ同じ),人口約58,000人,野生のヒツジやハリネズミが数多く棲息する,風光明媚な島である。
この島は1郡1県を成しているが,ゴットランド郡は,スウェーデンで最も人口の少ない郡(1999現在)である。
このゴットランド島の紋章には(さらに,そこから派生したゴ郡およびゴ県の紋章にも)ヒツジがあしらわれているが,その代わり,「県の動物 Provincial Animal 」はハリネズミとなっている。
(2002.03.22. 最終推敲:2004.06.03.)
■ 失敗作・ハリハリ・カー ■
− ダイニチの動物シリーズ −
『総務部 総務課 山口六平太』は、小学館発行の漫画週刊誌「ビッグコミック」掲載の人気漫画である(林律雄 原作,高井研一郎 作画)。
掲載誌の誌面はみ出しの人物紹介によれば、大日自動車・総務部総務課に勤務する主人公は,「ヒトと会社を影で支える、スーパー総務マン」であるらしい。実際、この漫画を何話か読んでみれば、六平太の会社が、ほとんど、無口な一若手社員である彼の「影ながらの活躍」のみによって支えられていること、いわば“六平太の見えざる手”によって支配されているとさえ言ってよいことがわかってくる。
たとえば、第324話「伝説の女性(ひと)」(「ビッグコミック」第32巻30号〈1999.12.10.発売〉に掲載,コミックス第35巻 (2001.05.) 所収)では、大日自動車の子会社である「大日新自工」を盛り立てた立役者、阿木節子部長なる人物にスポットが当てられる。
かつての彼女は大日自動車本社の社員であり、ロングセラー車となったダイニチマーメイドも、彼女が開発した車だった。しかし、歯に衣着せぬ物言いがたたり、上司に嫌われてしまった阿木は、系列会社への出向を命じられる。出向先での阿木は、ズケズケものを言うやり手から、意外にも一転、“笑顔の素敵な”気さくな女性となり、新しい勤務先の業績をぐんぐんと押し上げた。
一方、私情から彼女を追い出した当の元上司は、彼女の功績を我がものとすることによって、常務の地位にまで出世したものの、その後の新車開発ではことごとく失敗し、ついに引責辞任に追い込まれる。
実にわかりやすいリーマン勧善懲悪物語である。
さて、この微笑ましい現代版おとぎ話が、“スーパー総務マン”と、また、ハリネズミという動物と、いったいどのようにからむのだろうか?
前者とのからみは簡単である。話の最後で明らかになるのだが、阿木がいけいけドンドンのやり手女史から保険外交員か新興宗教勧誘員のようなニコ目仮面に変身してしまった“謎の人格改造”の発端は、出向を命じられた直後、逆上していた彼女が、当時は新入社員だった山口六平太の「とってもいい笑顔」を偶然見かけたこと、ただそれだけだったのだ。大らかな笑顔と同時に、彼女は小さなつまづきにこだわらない柔軟なプラス思考を身につけた,ということらしい。
一方、ハリネズミとの関わりはといえば……この回のカタキ役である吉崎常務の過去の“失敗作”として、「ヘッジホッグ」という車名があらわれるのだ。
この漫画では、総務課の面々が、六平太の活躍をサポートするために編成された情報収集チームよろしく、のべつ雑談ばかりしている。この漫画における彼らの雑談は、いわば“ト書き”に当たる重要な要素なのである。課内の話し声に、しばし耳を傾けてみよう。
「今、落ち目って噂すよ?」
「やることなすことはずしてるからな。」
「ワンボックスカーの、マンモス。」
「うすのろって笑われたす。」
「RVが流行れば、ヘッジホッグ。」
「はんぱねずみ。」
「その失点を助けたのが、大日新自工が開発したワンボーイとパンサーですね。」
「立ちあげたのは阿木さんよ。」
「それで今度のコモドだろ?」
「フランケンもどきすもんね。」
「みっともないデザインなんだもん。恥ずかしくなっちゃう。」
この談話からもわかるように、ダイニチの自動車には、英語の動物名によるシリーズがある。「コモド」は厳密には動物名ではなく地名だが、これが「コモド大トカゲ」をイメージしたもので、デザインのグロテスクさを暗示するものであることは、容易に想像できる。
「はんぱねずみ」でかまわないから、「ヘッジホッグ」と名づけられたRV車の姿を、一目だけでも見てみたい……という望みを抱くのは、酔狂に過ぎるだろうか。
RVというのがどういう車型を指すのかは知らないが,“ハッチバック”タイプということだろうか?
※ たとえば、1999年に、異業種間のコラボレーションである will project の一環として登場したトヨタの "Will Vi" は、まさに「ヘッジホッグ」と呼ばれるにふさわしい形をしているのではないかと思うのだが、如何だろう。
さて,こちらは実際に「hedgehog」と名付けられたジープ。
ただし,一般的な名称なのか,持ち主が勝手にそう呼んでいるだけなのかは,未調査だ。
(1999.12.12. 最終推敲:2003.09.07.)
■ 必殺技・ハリネズミ刺し ■
『ONE PIECE』は,集英社「少年ジャンプ」誌に連載中の“海賊漫画”である。
際だった異能を持つ主人公が,同じく異能者である敵たちとの戦いを繰り返しながら,成長してゆく。共に戦った者や敵であった者が仲間に加わることで,主人公を中心とする仲間グループが形成され,力を合わせて,より巨大な敵に挑んでゆく……王道的ともいえる少年ジャンプ・スタイルだ。
『ONE PIECE』の主人公は,麦わら帽子がトレードマークの少年ルフィ。彼の場合,異能は身体各部が自在に伸縮できることである。『ONE PIECE』の世界には,「悪魔の実」シリーズというものが登場する。これを食べると,海神に嫌われて泳ぐことができない体になるかわり(“海賊”にとって,このハンディキャップは結構深刻だ),その果実に固有の特殊な身体能力を手に入れることができるのである。ルフィ自身,「ゴムゴムの実」を食べて“ゴム人間”になったわけだが,ルフィたちの前に立ちふさがる強敵たちの多くも,何らかの実を食べている能力者であり,しばしばルフィたちに苦戦を強いる。
20巻前後の敵は,巨大な秘密犯罪会社,バロックワークス。このときまでに,ルフィたちの戦いは,国家的規模にまで膨れ上がっている。バロックワークスによるアラバスタ王国乗っ取り計画を阻止するために乗り込んだのはいいが,(ジャンプ・スタイルの宿命に則り)案の定,苦境に陥ることになる。
バロックワークスの幹部の1人,ミス・ダブルフィンガーは,露出度の高いタイトな黒服を身にまとい,くねくねと腰を振って歩く,過剰にグラマラスな美女だが,性格はクール。その正体は「トゲトゲの実」を食べた“棘人間”で,体中のどこからでも,長く鋭いトゲを出すことができる。しかもこのトゲには,石の壁も軽く貫通するほどの威力があるのだ。
ミス・ダブルフィンガーの技には,両腕をトゲにかえて猛スピードで打突する「ダブルスティンガー」,5本の指をトゲに変えて攻撃する「スティンガーフィンガー」,足裏からトゲを伸ばして竹馬状態で敵を追う「ソーイング」(彼女のくねくねウォークが際立つ技だ),足裏をトゲだらけにして踏みつける「スティンガーステップ」などがあるが,これらはいずれも小技である。
必殺技の名にふさわしいのは,体を丸めて全身からトゲを出し,高速で転がって敵に突進する「スティンガーヘッジホッグ」と,頭髪すべてをトゲに変えて回転させながら頭から突っ込む「シー・アーチンスティンガー」だ。
彼女の相手をしたルフィの仲間は,航海士の少女ナミ。これといった戦闘特技をもたないナミは,一方的に追い詰められて苦戦するが,結局,できたてほやほやの新兵器「天候棒(クリマ・タクト)」の必殺技「トルネードテンポ」が炸裂して,奇跡的にミス・ダブルフィンガーを倒す。この戦いが,ナミの戦闘要員デビュー戦となった。
★ Too Trivial! ★
バロックワークスの大幹部は,概ね男女一組になっており,男性幹部には数字,女性幹部には祝祭日の名前がついている。ミスター・ワンとペアを組むミス・ダブルフィンガーの名前はわかりづらいが,「2本指」とは左右それぞれの人差し指,つまり1/1で,「元旦」を表す。
それなら「ダブルフィンガーズ」じゃないか,と思うのは,いぬかわだけか。
右は,うさみさん主宰のミス・ダブルフィンガー好き同盟,“Spider's Cafe”のバナー。デザインセンスの光る,シックなファンサイトです。
(2002.05.05. 最終推敲:2002.10.18.)
■ ヘッジホッグと呼ばれる植物 ■
植物のトゲのある実(イガ)や、そのような実をつける植物のことを、ハリネズミからの連想で hedgehog と呼ぶ。ここから、英名に hedgehog を含む植物がいくつかある。
作物を荒らすことはほとんどないが害虫をよく食べ、“庭師の友”とも呼ばれる英国のハリネズミは、土地の境界を仕切る植え込み=生け垣 (hedge) に住むことが多いところから、「生け垣ブタ」を意味する "hedge-hog" の名で呼ばれる。その名が再び植物に返るのは面白い。
なお,ニワトリ氏によれば,独・仏・西・伊の各国語で,ハリネズミを指す言葉でクリなどのイガを表し,また,英・仏・西語で,「とげのある植物」を表すとのこと。
- hedgehog coneflower
ムラサキバレンギク (Echinacea purpurea):キク科の多年草。北米原産。
- hedgehog cactus
サボテン科サンコラマル属[エキノセレウス属](Echinacereus) の総称。
- hedgehog gourd
(Cucumis dipsaceus):観賞用に栽培されるウリ科の一年草または多年草。= teasel gourd
- hedgehog fruit
- hedgehog fungus = hedgehog mushroom
- hedgehog grass
- hedgehog liquorice
- hedgehog medick
- hedgehog parsley
- hedgehog rose
ルゴサ・ローズ(Rosa rugosa),つまり「ハマナス」の別名。枝にも,葉裏の葉脈にも,びっしりとトゲが並んでおり,泥棒よけに塀のそばに植えられるという。
詳しくは,こちらのウェブページを参照。
なお、hedgehog wheat は、ヨーロッパ山岳地帯で栽培される、丈の低い小麦の品種である。
再びニワトリ氏によれば,フランス語ではハリネズミを指す語で呼ばれるキノコの一種もあるそうだ。
hedgehog rose の情報は,カーター卿よりいただいた(_ _)。
(1999.10.24. 最終推敲:2004.05.02.)
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